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東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)4286号 決定

主文

申請人らの本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、被申請人(以下会社という)が薬品の製造販売等を業とする株式会社で、肩書地に本社を、東京、鏡石(福島県)、松永(広島県)、倶知安(北海道)に各工場を有し、会社の従業員が本社及び東京工場では、中外製薬東京労働組合(以下組合という)を組織し、鏡石工場及び松永工場においても、それぞれ労働組合を組織し、この三組合をもつて中外製薬労働組合連合会(以下連合会という)を組織していること及び申請人らがいづれも東京工場の従業員で右組合の組合員であつたが、会社から昭和二十五年十月二十三日附で同月二十五日限り解雇すべき旨の意思表示を受けたことは、疎明によつて一応認められるところである。

第二、会社は、申請人川名、池田、乾の三名はいづれも右解雇後退職願を会社に出して退職したので、これによりその労働契約は終了していると主張し、申請人らは、右退職願はいづれも真意ではなく且会社はこれを知つていたものであるから退職の効力は生じないと抗争するので、まづこの点を判断する。

一、疎明によれば、「右昭和二十五年十月二十三日附の解雇の意思表示が、十月二十五日までに届出の上円満に退職せられたく退職の申出のあるときは依願退職とするがその申出のないときは右二十五日附にて解職とすること並に依願退職及び解職の場合の退職慰労金額を示してなされたこと。申請人川名及び乾は同年十月二十八日申請人池田は同月三十日いづれも一身上又は家事の都合により退職する旨の退職届を会社に提出し、その頃退職金、予告手当、特別退職金を会社より受領し、今後退職に伴う一切の件に関し異議を申さない旨を附記した領収書を会社に交付していること。」が一応認められる。

二、さらに、疎明によれば「右申請人らはいづれも前記期日までに退職届を出さなかつたのであるが、申請人池田に対しては飯田貫一課長から、素直に退職を聞き入れて今後数箇月間同調的立場をとらなければ復職出来るよう努力すると言つたことなどがあつて、その後申請人池田は前記のように退職届を出すようになり、申請人乾に対しては同人の入社を世話した従業員佐々木六三郎より退職を勧め半年なり一年なり先に復職出来るよう努力すると勧めて退職届を出さしめたのであり、申請人川名に対しても退職を勧めるものがあり、組長望月道太郎も十月二十三、四日頃川名の復職について会社の意向をたづねたこともあつて申請人川名は望月に対し手紙で退職届を送付し同人から会社に提出されたものであること。申請人池田は会社より解雇の通告があつた後これを争うか否か迷つていたがついに退職届を出すようになり、その後になつて考えを改めて闘争するようになつたこと。右申請人らはいづれも申請人戸原、児島と同一行動をとると同調者とみられる虞があり復職も困難になると考え且は生活の資金にも困るので退職届を出すようになつたこと」を一応認めることができるが、このほかに、右退職届及び領収書の前記附記が真意でなく、しかもそれを会社が知つていたことを認めるような疎明はない。而して、右認定の事実によれば、右申請人らが復職または退職金の受領に重きをおいて退職届を出すようになつたことはこれを推認し得るも、たとい退職届及び領収書の提出後直ちに退職を争うようになつても退職届及び領収書の前記附記が真意でなかつたものと推認するには不十分であり、右認定の事実から見れば、会社において、右申請人らが不本意ながら退職する意思にて退職届を出し退職金等を受領して前記領収書を出すようになつたものと考えるに至つても、これを不当とは言えないので、他に特別の事情の疎明のない限り、右申請人らに退職の意思のなかつたことを会社において知つていたものとすることはできない。従つて申請人らのこの点の主張は、疎明不十分でこれを認めることができない。

三、然らば、右申請人らは前記日時に退職届を出し退職金等を受領して退職につき異議を述べざる旨約したものと一応認められるので、右申請人らと会社との間の労働契約はこれによつて終了したものと言うべきであつて、右申請人らが最早会社の従業員たる地位を有しないことが明である。従つて、右申請人らが本件仮処分申請において主張する被保全権利は結局その疎明がないことになるのでその余の点について判断するまでもなく、右申請人らの仮処分申請は理由のないものと言わねばならない。

第三、申請人らは、会社は「公然たる破壊分子並にその同調者」を解雇の基準とし、申請人らをこれに該当するものとしているが、申請人らはこの基準に該当しないものであると主張するので、この点の判断をする。

一、疎明によれば、「会社が、昭和二十五年五月三日以降屡々発せられた連合国最高司令官の声明並に書簡の精神と意図に徴し、また一般化学工業において右精神と意図にもとずく被傭者の排除の行われている情勢に鑑み昭和二十五年十月中旬その企業内より日本の安定に対する公然たる破壊分子並にその同調者を排除することを決し、共産党員及びその同調者がこれに当るものとして申請人らをこれに該当せしめ、前記の如く解雇の意思表示をなしたこと」が一応認められる。

これによれば、会社が、前記解雇において、右認定の趣旨における「公然たる破壊分子並にその同調者」たることを、解雇の基準としたものと一応認めざるを得ない。

二、よつて、会社が申請人戸原及び児島につき右基準に該当するものとして主張する事実につき疎明を案ずるに、

(1)  申請人戸原及び児島が、(イ)日本共産党の党員であつて、昭和二十五年五月十九日団体等規正令による届出をなして、中外製薬細胞を組織し、機関紙「アンプル」を発行配布していたこと、(ロ)昭和二十五年四月十五日就業時間中である午後三時五十分より午後四時十五分まで社外の共産党員尾上某を会社構内の組合事務所に入れて会合したこと、(ハ)昭和二十五年四月十五日就業時間中である午前十一時より正午まで池田、川名等と共に第二課クロールアセトン製造室二階休憩室において会合したこと。

(2)  申請人戸原が、(イ)高田地区労働組合協議会の機関紙「高田労協」を発行配布したこと、(ロ)「アカハタ」「民主日本」「自由」等を会社内に常時四十数部配布していたこと、(ハ)昭和二十五年八月中旬数回にわたり会社構内において所謂平和署名連動をしたこと、(ニ)昭和二十五年八月十一日午前十一時二十五分より午後一時二十分までの間会社構内の守衛室または組合事務所において印刷関係者の争議の資金獲得のための物品販売を社外の社数名に許して為さしめたこと。

(3)  申請人児島が、(イ)昭和二十五年四月十七日就業時間中税金についての民主商工会主催の区民大会に出席し決議文を朗読してこれを税務署長に手交したこと、(ロ)同年九月十二日豊島区議会に住民税について数名のものと共に所謂傍聴デモに行つたこと、(ハ)同年五月十八日就業時間中午前十時三十分より午前十一時二十五分まで池袋職安求職者同盟のもの約十名を会社構内の組合事務所に入れて会合したこと、(ニ)同年八月一日就業時間中午後二時頃勅令第三一一号事件について池袋署に抗議に行つたこと、(ホ)同年八月就業時間中共産党員釈放のため目白署に抗議に行つたこと、(ヘ)昭和二十四年十一月就業時間中三鷹事件の傍聴に又昭和二十五年十月十日就業時間中春日事件の傍聴に行つたこと。は一応これを認めることができるが、その他の会社主張の事実は、正当なる組合活動と言うべきものか、または事実のあつたこと自体が疎明不十分で認められないものである。而して、右認定の事実は多くは、政治活動というべきものであつて勿論政治活動の自由は何人にも認められるもので、その自由を冒すようなことの許されないことは言うまでもないところであるが、右事実から、申請人戸原及び児島が就業時間中会社に届出をなしまたはこれをなさずして前記目的のため屡々他所に赴き或は会合などして会社の業務をおろそかにしていたこと、右申請人らが会社の内外において活溌に政治活動をしていたこと及び会社をして右申請人らが会社の従業員であるに拘らず党活動を第一義として会社の業務、就業時間、会社内の秩序などには多く顧慮を払うことなく活動しているものと思わしめるに足る事情のあつたことはこれを認めざるを得ないところであり、また前記の如く右申請人らが会社の業務をおろそかにしその限度において会社の業務を阻害するような影響を及ぼしていたことはこれを否定し得ないが、これを除いては、右申請人らの行動が直接会社の業務を破壊したり、またはこれを阻害したものとは認むるに由ない。

三、会社が、前記解雇の基準を定めるにつき、あげている連合国最高司令官の声明並に書簡をみるに、連合国最高司令官は、(イ)昭和二十五年五月三日の声明において、「(一)日本共産党が政治、社会活動において次第に激烈となり、ことに最近では、その残存分子は、公然と国際的略奪勢力の手先となり外国の権力政策、帝国主義的目的および破壊的宣伝を遂行する役割を引受けていること、(二)日本共産党が国外からの支配に屈し、人心をまどわし人心を強圧するため虚偽と悪意にみちた煽動的宣伝を広く展開していること及び反日本的であると共に日本国民の利益に反するような運動方針を公然と採用していること、(三)共産主義の戦術は政治権力獲得に有利な地盤を築くための手段として、社会人心の不安をひき起すことだけに限られていること」を指摘し、この事実にもとづいて「(一)現在日本が急速に解決を迫られている問題は、この反社会的勢力をどのような方法で国内的に処理し自由の乱用を阻止するかにあること、(二)こんご起る事件が、この種の陰険な攻撃の破壊的潜在性に対して、公共の福祉を守りとほすために、日本において断固たる措置をとる必要を予測させるようなものであれば、日本国民は叡智と沈着と正義をもつてこれに対処することを信じて疑わないこと」を警告し、要望し、(ロ)昭和二十五年六月六日付吉田内閣総理大臣あて書簡において、「(一)最近に至つて、新しい有害な集団が日本の政界にあらわれたが、この集団は真理を歪曲し大衆の暴力行為を煽動しこの国を無秩序と闘争の場所に変えこれをもつて日本の進歩を阻止する手段としようとしまた民主主義的傾向を破壊しようとしてきたこと、(二)かれらは、法令に基く権威に反抗し法令に基く手続を軽視し虚偽で煽動的な言説やその他の破壊的手段を用いその結果として起る公衆の混乱を利用してついには暴力をもつて日本の立憲政治を転覆するに都合のよい状態を作り出すような社会不安をひき起そうと企てていること」を指摘し、この事実に基いて、「無法状態をひき起させるこの煽動を抑制しないで放置することは、現在ではまだ萠芽に過ぎないように思われるにしても、ついには連合国が従来発表して来た政策の目的と意図とを直接否定して日本の民主主義的な諸制度を抹殺し日本民族を破滅させる危険を冒すことになるであろうこと」を警告し、日本政府に対し、日本共産党中央委員会を構成する二十四名のものを公職から罷免し排除し、かれらを一九四六年一月四日付指令並にこれを施行するための命令に基く禁止、制限並びに義務に服せしめるために必要な行政上の措置をとるように指令し、(ハ)同年六月七日附前同様の書簡において、共産党の機関紙赤旗が法令に基き権威に対する反抗を挑発し経済復興の進捗を破壊し社会不安と大衆の暴力行為を引起そうと企てて、無責任な感情に訴える放縦で虚偽で煽動的で挑発的な言説をもつてその記事面や社説欄を冒涜して来たとし、これらのこと一切に対しては即刻是正的措置をとることを必要とするとして、この新聞の内容に関する方針に対して責任を分担している十七名のものにつき前同様の措置をとることを指令し、(ニ)同年六月二十六日付前同様の書簡において、前記六月七日付書簡で指令した措置をとるに当つて、新しい指導者によつて、共産党機関紙赤旗が比較的穏健な方向に方針を改め真実を尊重し、無法状態や暴力を煽動的にそそのかすことをさけるようになることを希望したが、この希望が実現されなかつたとして、日本政府に対し、赤旗の発行を三十日間停止させるために必要な措置をとることを指令し、(ホ)同年七月十八日付前同様の書簡において、「六月二十六日付書簡以来日本共産党が公然と連繋している国際勢力は民主主義社会における平和の維持と法の支配の尊厳に対し更に陰険な脅威を与えるに至り」と指摘し、「かかる情勢においては日本においてこれを信奉する少数者がかかる目的のために宣伝を播布するため公的報道機関を自由無制限に使用することは新聞の自由の概念の悪用であり、これを許すことは日本の報道機関の大部分のものを危険に陥れ且つ一般国民の福祉を危くするものであることが明かとなつた。現在自由な世界の諸力を結集しつつある偉大な闘において総ての分野のものはこれに伴う責任を分担しかつ誠実に遂行しなければならない。

かかる責任の中公共的報道機関が担う責任程大きなものはない」として赤旗及びその後継紙並に同類紙の発行に対し課せられた停刊措置を無期限に継続することを指令したことが明である。

而して、右書簡は、いづれも直接には、日本共産党中央委員会を構成するもの、機関紙赤旗の内容に関する方針に対して責任を分担しているもの、機関紙赤旗及びその後継紙等に対する日本政府の措置を指令し、かように指令する理由として前記の如く事実を指摘し警告と希望をかかげており、それらの間には多少の広狭緩急のあることは、これを否定し得ないが、これらの書簡と前記声明とを一連のものとし且つそれらが次々に発せられた経緯とに照して、これらの書簡並に声明を逐一検討するときは、連合国最高司令官が、最近の日本共産党が国際的連携の下に日本の社会秩序の破壊を企図し、そのために煽動その他の破壊的行動をとつていることを指摘すると共に、かようなことが抑制されないで放置されるときは連合国の占領政策と相容れない結果を来し、また日本民族を破滅させる危険を冒すことになるであろうと警告し且つこれに対し適宜の措置がとられることを希望し、かような状態を阻止する目的をもつていること及びかような希望や目的が実現されないことが明となるや直ちにこれを達するための指令が出されるようになつた経過を知ることができるので、このことから、少くとも、右のように繰返し指摘された事実は、連合国の従来発表してきた政策に直接密接な関係をもち、右政策の目的と意図とを尊重する限りこれを否定することの出来ないものとして、右占領政策の基礎となつているものであり、前記警告、希望の前提として一般に肯認されるものとして指摘されているものと解せざるを得ないのである。一般に事実の指摘はこれを指摘するものが直接見聞した事実或はこれに基いてなした事実上の判断を示すものであつて、これを資料として事実の認定をする場合においてはかように指摘された事実並に事実判断を採用するか否かは一にその自由なる心証によるべきことは勿論であるが、前記最高司令官の指摘する事実は、単なる事実の指摘と異り、即ち一般私人の事実の指摘や、政府が政策を表明しその基礎となる事実判断を示す場合と異り、占領治下における日本及び日本国民に対し、最高の権威として憲法その他の法令に拘束されることなく法規範を設定する権能を有する連合国最高司令官が、占領政策の基礎となるものとして指摘した事実判断であり一般に肯認されるものとしているのであるから占領治下にあるものは、何人も占領政策に関する限り事実判断を尊重しなければならないことは言うまでもないところと考えざるを得ない。

裁判上この事実の存否が問題となる場合においては、この事実の指摘が前記のようなものである限り、心証の自由を理由にこれを否定して、これと牴触する事実の認定の許されないことは法律の規定に屡々その例をみる看做されたる事実と異らないものと考えざるを得ない。

四、而して、右事実の指摘は、日本共産党及びこれと同調して活動するものの目的、性格及び現実の活動を一般的に指摘したもので、これらの目的、性格及び活動は、党を構成する党員によつて形成され、個々の党員については反証のない限り党活動に参加しているものと推定されるので、この反証のない個々の党員についても右事実が指摘されているものと解するほかないものと言わねばならない。従つて、申請人戸原及び児島について認定した前記事実と右指摘の事実を併せ考えるときは、会社が右申請人らを前記解雇の基準に該当するものとしたことは、已むを得ないところと言わねばならない。

五、よつて、前記解雇の基準の当否について判断する。解雇の意思表示は所謂告知であつて、告知は当事者の一方の意思表示によつて継続的な契約関係を終了させ将来に向つてその効力を消滅せしめるものであり、解除と異り、法律に特別の制限なき限り契約当事者の自由に行使し得る権利であると言わねばならない。勿論告知権の行使も権利の濫用として、その意思表示が効力を生じない場合のあることはもとよりのことである。労働契約において、告知権をこのようにみることは、労働者の地位を甚しく不安定にし現実の社会経済の状態にそわないものであつて、正当の理由ある場合に限り告知権の行使を認めんとするは、故なしとしないが、告知が前記の如き性質のものにして、一般に継続的契約関係においては告知の自由を認めることによつてのみその契約関係が認容されるものとの見地の下に現行諸法令が制定されているものと解せられるにおいては、告知権一般につきこれを否定することはもとより、労働契約の使用者の場合にのみこれを否定せんとすることは、法律の特別の規定なき限り許されざるものと解せざるを得ない。借家法等において告知権の行使につき正当の事由を必要としていること、労働基準法、労働組合法において特別の場合の告知権を制限していることは、告知の自由を前提としているものと解せられ、労働契約において使用者の告知権の行使に正当の理由を必要とするにおいては、右の例に慣い法律に規定を設け得ることより考えれば、かような規定の存しない現行法においては労働契約の告知は契約当事者の自由になし得るものとなさざるを得ない。もつとも現下の状勢においては、労働者は一般に雇傭されて得る収入をもつて、殆ど唯一の生活資金としており、一旦解雇されると容易にその職につくことができなくて、解雇により容易に生活をおびやかされるに反し、使用者は労働者を求めるに比較的容易である等の事情を考慮するときは、解雇に相当の事由のない限り解雇権の濫用となされる場合の多いことは多言を要しないところである。

本件につきこれをみるに、会社が申請人らを解雇した事情は、会社が、前記声明並に書簡の順次発せられるに及び、漸く一般的不安ひいては企業上の不安を感ずるに至り、これを排除せんとして前記解雇の基準を設け、申請人らに前認定の如き事実ありとして、これを前記声明並に書簡に照し申請人らの行動に一般的不安のみならず企業防衛上の不安を感ずるに至つたためであることは疎明に照し一応認められるところであり、会社がかように感ずることは、前記声明並に書簡が前記の如き内容を示していること及びその発せられたる経緯に鑑みるときは、これを異とするに足らざるものと言うべく、また、朝鮮における戦乱等当時の状勢並に会社が日々申請人らの行動を身近かに目撃していた事情を併せ考えるときは、会社が右不安につき切迫したものを感ずるようになつたとしても、多く怪しむに足りないところで、むしろ当然の推移と言わざるを得ない。かような事情の下においては、前記の如き事由を解雇の事由とし申請人らを企業から排除せんとするもあながち不当と言うことはできないから、これをもつて、解雇権の濫用とはなすに由ないものと言わざるを得ない。なお、申請人らは、前記解雇は申請人らの信条を理由とするものであると主張するが、すでに認定したように、破壊的分子並にその同調者たることを解雇の基準とし申請人らがこれに該当するものとして解雇し、右破壊的分子並にその同調者たることが信条を意味しない以上信条を理由に解雇したものと認める余地のないものと言わざるを得ないから、申請人らのこの点の主張はこれを採用するに由ない。

第四、申請人らは前記解雇は申請人らの組合活動を事由とするもので労働組合法第七条に違反し無効であると主張するので、判断する。申請人戸原は昭和二十一年九月入社し研究室研究係技術員として勤務し、昭和二十三年八月組合執行委員同年十月組合書記長同二十四年十二月組合執行委員長同二十五年四月連合会中央執行委員長となり他に高田地区労働組合協議会書記長豊島地区労働組合協議会執行委員等を歴任し、申請人児島は、昭和二十三年七月入社し管理課荷扱係として勤務し同年八月組合執行委員同二十四年十月組合書記長同二十五年連合会書記長となり、申請人らがいずれも活溌に組合活動をしてきたことは、疎明によりこれを認めることができるが、会社において既に認定したような理由で申請人らを解雇したのであつて、それが不当とされない限り、特に申請人らの組合活動を解雇の支配的な理由としたとの事情の認められる疎明のない本件においては、右解雇をもつて所謂不当労働行為に当るものとはなし難いものと言わねばならない。よつて申請人らのこの点の主張はこれを採用することが出来ない。

第五、申請人らは、会社の就業規則には、第六十一条に休職満期の退職を、第六十四条に停年退職を、第六十五条には「精神又は身体の障害により服務に堪えないと認められるとき若くは勤務成績著しく不良なるときは従業員代表と協議の上解職することがある」と定められており、第六十六条には事業の継続が不可能となつた場合は解職することがあると定めてあり、申請人らに対する前記解雇の意思表示は右第六十五条によるものと考えられるが、会社は右解雇につき従業員代表と協議をしていないから、右意思表示は就業規則に違反し解雇の効力を生じないと主張するので、次の通り判断する。

一、会社の就業規則に申請人らの主張するような定めがあること及び会社が右第六十五条に当るものとして前記解雇の意思表示をなしたことは疎明によつて明である。

二、右第六十五条は、会社が同条に定める解雇の事由ありと認めるときに何等の手続を要せず直に解雇の意思表示をなし得るものを制限して従業員代表と協議してなすことにしたものと解せられるので、解雇の事由の当否及び被解雇者がこれに当るか否かの会社の認定の当否が協議の対象になることは明であり、従つて会社が右第六十五条に当るものとして多数のものを解雇せんとして解雇基準を定めた場合は、被解雇者がその基準に該当するや否やの会社の認定の当否のほか基準の当否も協議の対象となるものと解さねばならない。同条が従業員代表と協議の上解雇権を行使することにし解雇の手続を慎重にすることによつて従業員の利益を保障しようとしたものと考えられる点からみて、ここに協議とは、単に従業員代表に意見を述べる機会を与えたものに過ぎないとは考えられず会社並に従業員代表の双方が意見を交換し了解の上一致点に達せんことを目的とする折衝と考えられるから、会社は提案を通告するのみでなく、これにつき従業員代表の納得了解を得るように努力すると共に従業員代表の意見を了解し修正にも応ずる誠意を示すことを必要とし従業員代表も会社の提案を理解し自己の意見を述べこれを会社に納得了解せしめるよう努力することを必要とするものと解さねばならない。

三、前記解雇の場合において、協議の有無をみるに、疎明によれば、

(イ)  昭和二十五年十月六日頃組合は執行委員会において所謂赤追放に反対する決議をなし十一日頃会社に対しその有無をただし、福富工場長らよりこれを行わない旨の言明を得たこと。

(ロ)  同年十月二十三日午後三時四十分頃より午後五時頃までの間、会社は当時の組合の執行委員長戸原、同書記長池田、同執行委員乾、連合会書記長児島、連合会執行委員川名その他の組合執行委員と会し、組合に対し、連合国最高司令官より昭和二十五年五月三日以降屡々発せられた声明並に書簡の趣旨に基いて日本の安定に対する公然たる破壊分子並にその同調者を解雇する旨通告し田中勤労課長よりその已むを得ない事由を説明し、更に右破壊分子並に同調者に当るか否かにつき、基準として共産党員、脱党者、細胞機関紙及び党出版物への投稿執筆者その他を示し、これらを綜合判断して認定する旨並にこれに該当するものとして申請人戸原、児島ら七名の氏名を明にしたが、組合側においては、専ら戸原、児島、川名が発言してこれに反対し、被解雇者の如何なる具体的行為が右に該当するかの説明を求めるに急にして、他の点を顧りみず会社もまたこれを拒否するのみにて互に了解する域に達せずして終つたことを一応認めることができる。

右事実によれば、組合はかねてより所謂赤追放に反対していたので、会社からその提案につき十分なる説明があり協議を求められても、容易に賛成するところとならないことは、みやすいところであり、かように両者基本において一致しない場合においては、協議条項の違反の有無は、双方の協議の態度に併せてその主張する基本的なものが認容される余地を有するか否かによつて判断するほかないものと考えざるを得ない。而して、右事実によれば、会社は連合国最高司令官の声明並に書簡に言及し、解雇の已むを得ない事由を述べ認定の基準として共産党員その他をあげて破壊的分子並にその同調者の解雇を提案しており、組合がその利用されることを虞れ、これに反対することは察せられないではないが、この提案の基本的なもの自体は、前記認定の事情に照せば、これを不当とするに由ないものと言わざるを得ないので、組合としては、その危惧するところを主張しこれを除き進んで認定基準の当否等につき折衝の余地がないでもないと考えられるので、これらの事情を綜合すれば、組合が全面的に反対し具体的事実の説明を求めるに急にして、ついにかねて組合の反対を知つていた会社をして協議の見込なきものと思わしめるに至り、協議を打切るの結果となつたとしても、これをもつて、会社が協議をしなかつたものとは言うことができない。もつとも、前記基準中細胞機関紙及党出版物への投稿執筆等被解雇者の行為をもつて認定の基準としているものについては、会社は被解雇者の具体的の行為をあげて説明すべきであり、これを求められて前記の如く拒否するのは、通常協議に対し欠くるところがあるものと言わねばならないが、前記各事情を考慮するときは、これをもつて直ちに協議をしなかつたものとなすには足らないものと言わねばならない。従つて申請人らの就業規則違反の主張はこれを採用することが出来ない。

第六、以上の次第で、申請人らの解雇無効の主張は、いづれもこれを採用することができないものであり、前記解雇の意思表示は、昭和二十五年十月二十五日その効力を生じ、申請人らは、いづれも最早会社の従業員でないことが明であるので、申請人らが本件仮処分の被保全利益として主張する会社の従業員たることについては、結局その疎明がないことになるので、他の点について判断するまでもなく、申請人らの本件仮処分の申請は理由がないものとしてこれを却下しなければならない。よつて民事訴訟法第八十九条、第九十三条、第九十五条に則り申請費用を申請人らの負担として主文のように決定する。(昭和二六年八月八日東京地方裁判所民事第一〇部乙)

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